司法書士雑記3

◆2008/04/22 人は性格を変えることができるか?(その3)

 「性格」ってなに? といっても、あまり間違えることはないようです。
 
 こういうとき、一応、たいがい辞書で調べます。
 私の辞書には、「先天的な素質と後天的な影響とによる、その人の
 感情・意志などの傾向。
 更に広く、そのもの特有の傾向・性質」(岩波書店発行の岩波国語辞典)、とあります。

 ということは、性格は、先天的な素質と後天的な影響によるということになりますね。
 マ、性格というとき、普通はこういうことでしょう。
 
 先天的な素質。これは、自分にはどうすることもできないでしょう。
 後天的な影響。育った環境によって変わるってことですね。
 育った環境によって、性格が違ってくる。
 ある意味、恐ろしい。

 いい環境、といっても、なにがいいか悪いかっていうことも非常に難しいですね。
 いい環境に育ったからといって、いい性格の人間になるともかぎらないし、
 悪い環境に育ったからといって、悪い性格の人間になるともかぎらないような気がする。

 なにがいい性格で、なにが悪い性格か、っていうのも難しい。

 ところで、よく、特に就職するときの履歴書に「あなたの性格を書いてください。」
 ってことがあります。

 面接のときも、『あなたの性格の長所と短所を言ってください。』ってことがあります。

 こういうの非常に苦手。
 短所はいっぱいあるけど、自分で自覚してるけど、私の長所はこれです、
 なんて、いうのも恥ずかしいし、長所をいうことじたい、無理してる感じ。

 だから、正々堂々、自信をもって言えない。
 だから、相手に、ほんとかな、ってわかってしまう。

 こういうことを平気で言える神経になれない。
 マ、ここまで書いてくると、私の性格は、恥ずかしがり屋、自信がない、神経が図太くない。
 嘘八百が言えない。ということになります。

 嘘八百が言えない。
 これは言えなくてよいでしょう。
 言えたら詐欺師になれます。
 恥ずかしがり屋、自信がない、神経が図太くない。
 
 さてこれを変えることができるか?ということです。

 そろそろ結論づけたほうがいいかな。
 私は、50年も生きているので、昔より、小さい頃より、
 改善って言ったらいいのか、よくなったような気がする。

 だけど、基本的には変わっていない。ときとばあいによって、
 フっと出るときがある。

 そう、すくなくとも私の場合は、性格を完全に変えることはできません。
 おそらく、これからも。
 
 ただ、性格というのかどうかは別にして、
 自分のこういう部分を変えたい、直したい、と思ったとします。
 思わないかぎり変えられないと思いますが。

 自分が変えたいこの部分を変えようとしても、なかなか変えられないと思います。
 経験から。
 それでは、どうしたら、変えることができるでしょうか。

 簡単に言えば、必死に生きることでしょう。
 必死に何か、自分がすきなこと、やりたいことを必死に、
 本気で、やることによって、それがまくいけばなおさら、
 自信がもてるようになります。

 自分が直したい、変えたいと思っていたことが、
 結果として、自然と克服できるということだと思います。

 だけど、自分がほんとうにやりたいこと、好きなこと。
 これって、そう簡単には、みつからないのが普通です。

 ここがポイント。
 これは自分にしかわからないし、自分にもわからない、
 なかなか気がつかない。
 
 とにかく、勉強でも、仕事でも、それがいいか悪いかは別にして、
 本気でやりとげる気持ちで必死にやってみるしかないと思います。

 話しがちょっと違うかもしれませんが、駅の階段をエスカレータではなく、
 自分の足で上がってみるとわかります。
 特に地下鉄は、上まですごく遠そうな感じ、上がるのが大変な感じがします。

 でも、階段だけを見て一歩一歩上がっていくと、なんのことはない。
 上まで上がっているでしょう。

 必死に、本気で、一生懸命やってみる。
 そうすると、今まで見えなかったものが見えてくるときがあります。
 最初はなんでもわからないことだらけ。人生はこの繰り返しです。
 でもとにかくやってみる。
 
 最近、自分はなにも知らなかったことに気づきました。
 50年生きていてもこんなものです。
 でも、すくなくとも、私は、今、必死で生きています。
 だれのために?
 自分のため、家族のために。