相続放棄と刑務所(拘置所)に収監中の人

相続放棄と刑務所(拘置所)に収監中の人

執筆者:司法書士 芦川京之助(横浜リーガルハート司法書士事務所)

刑務所(拘置所)に収監中の人が、相続放棄(家庭裁判所への申立て)をする場合、どのような手順を踏んだらよいでしょうか。また、どういう点に注意したらよいでしょうか。

刑務所と拘置所の違いについて

刑務所: 有罪が確定し、刑を受けている受刑者が収容されます。

拘置所:まだ有罪判決が確定していない被疑者や被告人、判決が確定しているが刑の執行を待つ死刑囚が収容されます。

刑務所(拘置所)に収監中の人が相続放棄の申述をする場合の手順(基本)

(申立人)
相続放棄申述申立てに必要な書類を用意します。
刑務所(拘置所)に収監中の人が、自分で必要書類を用意することは事実上できませんので、親族の人に用意してもらいます。場合によっては、司法書士にこの書類の取得を依頼します。

(申立人)
相続放棄申述申立書を作成します。
刑務所(拘置所)に収監中の人が、自分で申立書を作成することは事実上できませんので、親族の人に作成してもらいます。場合によっては、司法書士に申立書の作成を依頼します。

(申立人の親族または司法書士)
作成した相続放棄申述申立書を刑務所(拘置所)に持参または郵送します。申立書を刑務官から本人に渡してもらいます。

(申立人)
相続放棄申述申立書に署名・拇印を捺します。
刑務官を通して、署名・拇印を捺した申立書に刑務所(拘置所)長の奥書(本人の署名、拇印での押印に相違ない旨の証明)を依頼します。

(申立人)
完成した申立書を親族または司法書士に郵送します。

(親族または司法書士)
申立書を家庭裁判所に持参または郵送します。

(家庭裁判所)
申立人に照会書類を郵送します。

(申立人)
家庭裁判所からの照会回答書に回答し、家庭裁判所に郵送します。

(家庭裁判所)
問題がなければ、申立人に「相続放棄申述受理通知書」が郵送されます。

刑務所(拘置所)に収監中の人が相続放棄の申述をする場合の注意点

必要書類や申立書を早めに用意して家庭裁判所に提出する

相続放棄申述の期間は、相続の開始があったことを知ったときから3か月です。しかし、例えば、3か月目に相続放棄をしようと考えて、申立ての準備をしようとする場合、通常であれば申立てができますが、刑務所(拘置所)に収監中の人がこれをしようとする場合は、刑務所(拘置所)のルール上、面会や郵便物のやり取りの回数に制限があるため、1か月で申立てることが難しくなります。
そこで、遅くとも、2か月目には申立ての準備をした方がよいでしょう。

申立書(相続放棄申述書)に記載すべき「住所」

申立書(相続放棄申述書)に記載すべき「住所」は、通常、収監される前に居住していた「住所(住民票に記載の住所)」であるので、この「住所」を申立書に記載します。
ですが、実際は、刑務所(拘置所)の中で暮らしているので、「住所」だけの記載というわけにはいきません。

それは、申立書を家庭裁判所に提出した後、家庭裁判所は、本人宛に、照会書(質問書)を郵送します。
その照会書(質問書)に回答し、本人が回答書を家庭裁判所に返送してはじめて、家庭裁判所が相続放棄の申述を受理することになるからです。
さらに、この後、家庭裁判所は、本人宛に、「相続放棄申述受理通知書」を郵送します。

このように、相続放棄の申述の場合、本人と家庭裁判所は、郵便でやり取りを行います。

そこで、「住所」の記載だけでは、この郵便でのやり取りを行うことができませんので、本人が収監されている刑務所の住所である本人の「居所」を記載します。
申立書に記載すべき「申立の実情」には、「居所」に住んでいる理由と書類の郵送先とすることを明記します。
刑務所(拘置所)の住所は、法務省のサイトに掲載されているので、これを参考にします。

また、刑務所(拘置所)といわれている塀の中には、拘置所もある場合もあり、刑務所と拘置所の住所が異なる場合もあります。
刑務所から拘置所に移されるときで、住所も異なる場合は、家庭裁判所に、「居所」が変更になった旨の上申書を提出します。(家庭裁判所から連絡がある場合もあります。)

申立書(相続放棄申述書)に押印する「印鑑」

申立書(相続放棄申述書)に押印する「印鑑」は、通常(基本的に)、普通の印鑑、すなわち、日常使用している印鑑で押印します。実印でも良いし、認印でも大丈夫です。

ところが、刑務所(拘置所)に収監されている人は、刑務所(拘置所)内では、印鑑を使用することができず、その代わり「拇印」を使用します。
この理由は、刑務所(拘置所)内で、本人が所持することのできる物は、日常使用する物に限られます。
印鑑は、日常使用する物ではないので、印鑑を刑務所(拘置所)内で所持することができないからです。

そこで、申立書(相続放棄申述書)には、拇印を捺します。
色は、黒色です。刑務所(拘置所)には、朱色の朱肉がなく、黒色の黒肉だけがあるからです。

実際の事例では、刑務所(拘置所)で本人と面談する前に、家庭裁判所から、申立書(相続放棄申述書)には、印鑑で押印するようにとの指導を受けていましたので、「拇印」だけでは足りないと思い、刑務所(拘置所)長の奥書(本人の署名、拇印での押印に相違ない旨の証明)をもらうよう本人に伝えました。

ところが、本人が刑務所(拘置所)長の奥書を依頼しましたが、相続放棄の申立書には、この奥書が不要であると言われた、という手紙が郵送されましたので、当職が家庭裁判所への申立書の提出時に、この経緯を記載した説明書も併せて提出しました。
結果、本人の拇印だけで問題なしとの結論となりました。
(別の案件で、〇〇社会復帰促進センターでは、申立書(相続放棄申述書)の余白に、センター長名義で、本人の署名、拇印での押印に相違ない旨を奥書、押印してくれました。平成31年)

なお、本人とのやり取りは、手紙と面談ですが、これらの一月当たりの回数に制限があります。

収監されている人に郵送する場合の返信用封筒を同封することは可能か。

収監されている人に手紙で相続放棄する事情を書いた書面や、相続放棄の申立書を作成し、収監されている人に署名拇印をしてもらう場合、書類を郵送することになります。その際、書類を返送してもらうために、切手を貼った返信用封筒(レターパックなど)を同封したいと考えますが、この返信用封筒を同封できるかどうかは、刑務所(拘置所)の規則により異なります。通常、切手を貼った返信用封筒(レターパックなど)は、認められますが、東京拘置所では認められていません(2024年)。東京拘置所では、切手のみ同封が許されます。
このように、返信用封筒は、差入物品扱いとなり、東京拘置所では、切手の差入れは認められますが、封筒の差入れは認められていません。この場合、封筒は、収監者が売店で購入することになります。

送達場所等の届出書について

相続放棄をする本人が家庭裁判所からの「照会書」の受取りが困難な場合、「送達受取人」を指定し、家庭裁判所に「送達場所等の届出書」を申立書と一緒に提出することで、申述人本人と家庭裁判所との書類のやり取りを「送達受取人」を経由して行うことができます。(弁護士が本人の代理人であれば、これは不要です。)
海外在住の申述人の場合は、「送達場所等の届出書」を提出することで「送達受取人」を経由して相続放棄の手続を行います。(東京家庭裁判所の場合、海外在住の申述人には、家庭裁判所から「照会書」を郵送しない取り扱いです。2022年)
さいたま家庭裁判所越谷支部では、刑務所(拘置所)に収監中の申述人については、「送達受取人」を指定できない取り扱いです(2023年)。刑務所(拘置所)に収監中の申述人について「送達受取人」を指定できるかどうかを事前に確認した方がよいでしょう。

刑務所(拘置所)に収監中の申述人については、相続放棄が確実にできるように、特に、「相続人となったことを知った日」が相続放棄では重要ですので、申述人に指示ができるように司法書士としては考えますので、「送達受取人」として「送達場所等の届出書」を提出したいところです。
普通の人であれば、電話などで指示できますが、刑務所(拘置所)に収監中の申述人については、手紙でのやり取りに限られますので、この指示を確実に行う必要があります。
また、相続放棄の受理が確定した後、債権者などに「相続放棄申述受理通知書(コピー)」を渡す必要がある場合は、刑務所(拘置所)に収監中の申述人からこれを受け取る必要があります。これができない場合は、親族が利害関係人として家庭裁判所で「相続放棄申述受理証明書」を別途、取得する必要があります。(除籍・戸籍謄本、戸籍の附票を再度、取得して、家庭裁判所に提出する必要があります。)
このような事情がありますので、家庭裁判所には、刑務所(拘置所)に収監中の申述人について「送達受取人」を認めてもらいたいところです。

相続開始から3ヶ月を経過している場合

相続開始から申立書(相続放棄申述書)を提出する時期が3ヶ月を経過している場合は、この3ヶ月を経過して債務などの存在を知ったことを証明する必要があります。

親族からの手紙などがある場合は、手紙と封筒(日付の確認のため)を家庭裁判所に提出します。
手紙と封筒の原本とそのコピーを提出し、原本は戻してもらいます。
(以上、横浜家庭裁判所 平成26年)

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