遺言執行者の権限と責任

遺言執行者の権限と責任

改正相続法により、今後ますます、遺言書作成が増加すると思われます。
遺言書を作成することで、基本的に相続争いを回避することができ、相続手続をスムーズに行うことができるからです。

そこで、遺言書の内容を迅速に、確実に実現するという意味で、また、相続人保護の観点から、遺言執行者の役割、責任を相続法の改正で明確にしています。

遺言執行者の通知義務

まず、遺言執行者の通知義務についてです。
民法第1007条第2項で、遺言執行者の通知義務が新設されました。この内容は次のとおりです。
「遺言執行者は、その任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければならない。」

ところで、遺言書があるとき、相続人は、どういうタイミングで遺言書の存在を知るのでしょうか。
このことは、遺留分侵害額請求権の行使と関係がありますので、重要です。
遺留分侵害額請求権の行使を早めにしないと、回収できなくなる可能性があるからです。
遺留分権利者の遺留分を侵害して、遺産を使い切ってしまったような場合です。

相続法の改正前では、相続人のうちの誰かが遺言書の存在を知っていて、これを他の相続人に知らせます。自分が権利を取得するとき、知らせないこともあったでしょう。
遺言執行者が遺言書の存在を知っていて、相続が開始したとき、これを相続人に知らせます。
この場合、遺言執行者が知らせるのは、相続人全員の場合もありますが、遺言書に記載された、権利を取得する相続人だけという場合もあったでしょう。

ということは、相続法の改正前では、相続人全員が必ずしも、同一のタイミングで遺言書の存在を知るとは限らなかったことです。

相続法が改正されたことで、相続人は、次のように遺言書の存在を知ることになります。

遺言書で遺言執行者がいるときは、遺言執行者が相続人全員に遺言書の内容を通知します。遺言執行者が通知しなければなりません。

遺言書の存在だけではなく、遺産を誰が何を取得するという遺言書の内容も、相続人全員が同じタイミングで知ることになります。
これは、遺言執行者がいる場合は、公正証書遺言書、自筆証書遺言書の両方に言えることです。法務局での保管制度を利用しない自筆証書遺言書でも同じです。

法務局での保管制度を利用して作成した自筆証書遺言書の場合は、次のとおりです。
相続開始後、相続人のうちの一人が「遺言書情報証明書」(これには、遺産を誰が何を取得するという遺言書の内容が記載されています)を法務局で取得すると、法務局は、ほかの相続人に対して、法務局で遺言書を保管していますよ、と通知します。この場合、遺言書の内容までは通知しません。

相続開始後、「遺言書情報証明書」を取得するには、被相続人の除籍謄本のほかに相続人全員の戸籍謄本、住民票を法務局(登記所)に提出する必要があるからです。

ほかの相続人が、遺言書の内容を知りたい場合は、法務局で「遺言書情報証明書」を取得して知ることになります。
ということで、相続人全員は、ほぼ同じタイミングで遺言書の存在と内容を知ることになります。
遺言執行者がいれば、この場合も、遺言の内容を相続人全員に知らせることになります。

法務局での保管制度を利用しないで作成した自筆証書遺言書の場合は、家庭裁判所の検認手続、すなわち相続人全員での確認手続をしますので、ほぼ同時に知ることになります。この場合、家庭裁判所の検認手続をしない自筆証書遺言書は使用できません。

以上のことから、相続人全員が遺言書の存在を知るタイミングが、相当ずれる可能性があるのは、公証人役場で作成する公正証書遺言書で遺言執行者が記載されていない場合です。
この場合、権利を取得する相続人自身が相続手続を先にしてしまい、そのことをほかの相続人が知らないときです。

遺言執行者が、遺言書の内容を相続人全員に知らせない場合は、どういうことになるでしょうか。

遺留分侵害額請求権

相続法が改正されても、相続人に法律上最低限保証されている権利、遺留分の権利は、被相続人の配偶者と子供にはあります。兄弟姉妹には遺留分がありません。
この遺留分が害された場合、害された相続人(遺留分権利者)は、害した人に対して遺留分侵害額請求権を行使できます。

遺留分侵害額請求権行使の時効期間は、次のとおりです。
遺留分権利者が、相続の開始と遺留分を侵害する贈与、遺贈があったことを知ったときから1年間行使しないときは時効によって消滅します。
知らなくても相続開始のときから10年経過したときも、時効によって消滅します。

この規定から、本来、遺言執行者が相続人に遺言書の内容を知らせるべきところ、これを知らせなかった場合です。
相続人が遺言書の内容を知ることが遅くなったため、早めに知っていれば、遺留分侵害額を回収できたのもかかわらず、回収できなかった場合には、遺言執行者に対して損害賠償請求することが考えられます。
遺留分権利者の遺留分を侵害して、遺産を使い切ってしまったような場合、回収できないのは、遺言執行者の責任です、と言われかねないことになります。

遺言執行者の権限の明確

次に、遺言執行者の権限が明確にされたことです。
民法第1012条第2項で、「遺言執行者がある場合には、遺贈の履行は、遺言執行者のみが行うことができる。」という規定です。

これは、特定受遺者、包括受遺者が、誰に対して履行請求、すなわち、早く履行してください、手続をしてください、という相手方を明確にしたことです。この相手方が遺言執行者です。
遺言執行者がいる場合は、遺言執行者に対して、早くやってください、と言うことができます。

また、遺言書で、相続、遺贈があった場合、その権利を取得する人が確定的に権利を取得するには、不動産の場合は、これを登記しなければ第三者に対抗できないことになりました。
民法第899条の2第1項で、「相続による権利の承継は、遺産の分割によるものかどうかにかかわらず、・・・相続分を超える部分については、登記、登録その他の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗できない。」と規定されています。

この第三者に対する対抗要件は、遺産分割による場合に限らず、遺言書で、相続、遺贈の場合にも当てはまります。
もっとも、遺贈の場合は、特定の遺贈を受ける人には相続分ということはありませんが。

不動産の場合は、登記の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗できない、ということになります。
第三者に対抗できないという意味は、相続分を超える部分について、登記しなければ、第三者に対して、相続分を超える部分の権利を主張できない、ということを意味します。

例えば、遺産が土地と建物で、相続人が子供3人で、法定相続分が各3分の1の場合、
遺言書で、子供のうちAが土地と建物全部を相続するという場合は、子供Aは、土地と建物の所有権全部の登記をしないと、第三者に相続分を超える分、この場合は3分の2の権利を主張できないということになります。

この場合、子供Bの債権者が不動産を差押えようとするとき、Aが所有権全部の登記をしていないと、この土地と建物をAが相続したので差押えられませんよと、主張できないことになります。
これが、Aが土地と建物全部を自分名義とする登記をすれば、子供Bの債権者に主張できることになります。

例えば、子供Bの債権者が不動産を差押えようとするとき、Aが遺言書に基づいて所有権全部の登記をしないうちに、債権者がBの法定相続分3分の1を差押えることができます。
これは、Bの法定相続分3分の1を差押える前に、法定相続人全員の法定相続分各3分の1について「相続登記(名義変更)」をしてしまうことができるからです。
これは、債権者がBに対する債権を確保するために「債権者代位権」を行使して、相続人である子供全員に代わって、「相続登記(名義変更)」ができるからです。

そういう意味でも、遺産分割にしろ、遺言書で権利を取得した場合は特に、相続法の改正前に比べ、迅速な手続が必要となります。
遺言執行者がいれば、遺言執行者は、受遺者、相続人のために、迅速な手続をしなければならないということになります。

もし、遺言執行者が迅速な手続をしないことで、受遺者、相続人に損害を与えた場合、この人たちから損害賠償請求をされる可能性があります。

以上のことから、遺言執行者には、相続人に対する通知義務と、遺言の迅速な履行義務がありますので、相続法の改正前に比べて、その責任が重くなったということが言えます。

遺言書に基づいて遺言執行者が相続登記(不動産名義変更)を単独で申請できるのかを参考にしてください。

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