相続登記した不動産を錯誤で所有権抹消登記と相続登記する方法
執筆者:司法書士 芦川京之助(横浜リーガルハート司法書士事務所)
【相続登記相談・登記実例(2024年 甲府地方法務局 ○○支局)】 平成10年、父が死亡した時に、実家の相続登記をしました。 最近になり、実家の不動産の名義人を確認したところ、自分(長男)名義で登記されていることが判明しました。 自分としては、実家の不動産は、母名義で登記したものと認識していました。 この場合、錯誤で、自分名義から母名義に所有権更正登記をすることは可能でしょうか。この場合の登記費用も教えてください。
【事例の場合で判明したこと】 実家の不動産は、農地を含めて不動産の個数が30個ある。 父の相続人は、母・長男・長女の3名。 平成10年当時の相続証明書(遺産分割協議書・除籍謄本・戸籍の附票・印鑑証明書など)がすべてある。 固定資産税の名義人(納税義務者)は、母となっている(固定資産税課税台帳には、納税義務者として母が記載されている)。 遺産分割協議書では、相続取得するのが母と記載されているが、別途、特別受益証明書があり、母と長女が特別受益により相続する相続分がないことで、長男が相続取得することになったと思われる。遺産分割協議書を使用しないで、特別受益証明書を使用して相続登記をした。 登記されている名義人長男の現在の住所が、登記されている住所と異なる。抵当権が登記されていない。
相続登記の錯誤で所有権更正登記ができるかどうかを検討
相続登記の名義人などを間違えて相続登記することはあり得ることです。
この場合、一番都合がよくて登記費用も安くできる方法として、錯誤で所有権更正登記をする方法があります。
事例の場合、自分(長男)名義を母名義に、錯誤で所有権更正登記ができれば、事例の場合、登録免許税が3万円でよいことになります。ただし、長男の住所変更登記で登録免許税が3万円かかります。
相続登記の錯誤で所有権更正登記ができる場合
例えば、次の場合のように(例)、相続登記の名義人の一部が誤りであるため、錯誤で所有権更正登記ができます。ただし、相続登記の後に抵当権が設定登記されていないことが前提条件です。相続登記の後に抵当権が設定登記されている場合は、相続登記をした後に新たに抵当権設定登記をした場合を参考にしてください。
- 名義人A → A・B
A単独名義としたことが誤りで、A・B共有名義が正しかった。 - 名義人B → A・B
B単独名義としたことが誤りで、A・B共有名義が正しかった。 - 名義人A・B → A
A・B共有名義としたことが誤りで、A単独名義が正しかった。 - 名義人A・B → B
A・B共有名義としたことが誤りで、B単独名義が正しかった。 - 名義人A・B → A・C
A・B共有名義としたことが誤りで、A・C共有名義が正しかった。 - 名義人A・B → B・C
A・B共有名義としたことが誤りで、B・C共有名義が正しかった。 - 名義人A(持分2分の1)・B(持分2分の1) → A(持分3分の2)・B(持分3分の1)
名義人A(持分2分の1)・B(持分2分の1)とした共有持分が誤りで、A(持分3分の2)・B(持分3分の1)が正しかった。
(共有持分のみの更正登記では、相続登記の後に抵当権が設定登記されている場合であっても、所有権更正登記ができる。抵当権者の承諾書が不要。)
このように、相続登記の錯誤で所有権更正登記ができるのは、所有権更正登記をする前の名義人が、所有権更正登記をする後の名義人として残っている(相続登記の一部誤り)場合に、所有権更正登記が可能となります。
相続登記の錯誤による所有権更正登記については、次を参考にしてください。
相続登記の「錯誤による所有権更正登記」の方法
相続登記した所有権更正の方法(共有の名義人を間違い、共有持分を間違った場合)
事例の場合、相続登記の錯誤で所有権更正登記ができるのか
事例では、現在の名義人が自分(長男)で、これを母名義にしたいということは、所有権更正登記ができる前述の例に当てはまりません。
これは、所有権更正登記をする前の名義人(自分長男)が、所有権更正登記をする後の名義人(母)として残っていないからです。相続登記の名義人の全部誤りの場合は、所有権更正登記ができません。
自分(長男)名義を母名義にする方法:錯誤で所有権抹消登記と相続登記
事例の場合は、錯誤による所有権更正登記ができませんので、自分(長男)名義の所有権を抹消登記して、母名義に相続登記をし直すことになります。
ここで事例の場合の前提条件をもう一度、確認します。
実家の不動産は、農地を含めて不動産の個数が30個ある。 父の相続人は、母・長男・長女の3名。 平成10年当時の相続証明書(遺産分割協議書・除籍謄本・戸籍の附票・印鑑証明書など)がすべてある。 固定資産税の名義人(納税義務者)は、母となっている(固定資産税課税台帳には、納税義務者として母が記載されている)。 遺産分割協議書では、相続取得するのが母と記載されているが、別途、特別受益証明書があり、母と長女が特別受益により相続する相続分がないことで、長男が相続取得することになったと思われる。遺産分割協議書を使用しないで、特別受益証明書を使用して相続登記をした。 登記されている名義人長男の現在の住所が、登記されている住所と異なる。抵当権が登記されていない。
事例の場合、次の登記を連件で申請します。
(1)住所変更登記
(2)錯誤で所有権抹消登記
(3)相続登記(改めて相続登記・不動産名義変更)
(1)住所変更登記
事例の場合、長男名義の所有権を抹消登記する前提として、長男の現在の住所が、登記されている住所と異なりますので、住所変更登記(所有権登記名義人住所変更登記)が必要です。
抵当権を抹消登記する際、抵当権者(金融機関など)の本店が変更されている場合は、本店が変更していることを証する書面(会社謄本)を添付すれば、抵当権者の本店変更登記をすることなく抵当権抹消登記をすることができます。
ですが、所有権の場合は、所有者の住所変更登記を省略して所有権抹消登記をすることができません。事例の場合、登録免許税が3万円かかります。
(2)錯誤で所有権抹消登記
事例の場合、母名義で登記したことが誤りであったので、これを錯誤で所有権抹消登記をする必要があります。
この登記では、名義人の長男が単独で所有権抹消登記申請ができず、実際の相続取得者である母を権利者とし、義務者を長男として共同申請でします。
事例の場合、登録免許税が2万円かかります(抹消登記の登録免許税の上限は2万円)。
(3)相続登記(改めて相続登記・不動産名義変更)
改めて、母名義に相続登記をします。
被相続人父の相続登記をした当時の相続登記に必要な書類(除籍謄本・戸籍謄本・戸籍の附票・遺産分割協議書・印鑑証明書(相続登記の場合、印鑑証明書に有効期限はない)が揃っていますので、これで相続登記をします。
登記申請書の作成
(1)住所変更登記
(1/3)登記申請書(一部省略)
登記の目的 〇番所有権登記名義人住所変更
原 因 令和〇年〇月〇日住所移転
変更後の事項 住所
○○○○
申 請 人 (住所)○○○○
(長男氏名)○○
添付情報
登記原因証明情報
登録免許税 金3万円(住所変更登記には上限がない。)
不動産の表示(省略)
(2)錯誤で所有権抹消登記
(2/3)登記申請書(一部省略) 登記の目的 〇番所有権抹消 原 因 錯誤 権 利 者 (住所)○○○○ (被相続人父氏名)○○ (住所)○○○○ 相続人(母氏名)○○ 義 務 者 (住所)○○○○ (長男氏名)○○ 添付情報 登記原因証明情報 登記済証(登記識別情報) 印鑑証明情報 相続証明情報 登録免許税 金2万円(抹消登記は上限2万円) 不動産の表示(省略)
相続証明情報は、
被相続人父に関する除籍謄本・戸籍の附票
相続人全員の戸籍謄本・遺産分割協議書(母が相続取得)・印鑑証明書
(3)相続登記(改めて相続登記・不動産名義変更)
(3/3)登記申請書(一部省略) 登記の目的 所有権移転 原 因 平成〇年〇月〇日相続 相 続人 (被相続人父氏名○○) (住所)○○○○ (長男氏名)○○ 添付情報 登記原因証明情報 住所証明情報 評価証明情報 課税価格 金200万円 登録免許税 金8千円 不動産の表示(省略)
登記完了後の登記記録(登記簿):住所変更登記、錯誤で所有権抹消登記と相続登記
住所変更登記・所有権抹消登記・相続登記にかかる費用
住所変更登記費用
司法書士報酬:約10,000円
登録免許税・証明書:約30,000円
合計:約40,000円
所有権抹消登記費用
司法書士報酬:約10,000円
登録免許税・証明書:約20,000円
合計:約30,000円
相続登記費用
司法書士報酬:約50,000円
登録免許税・証明書:約20,000円
合計:約70,000円
まとめ:相続登記した不動産を錯誤で所有権抹消登記と相続登記する方法
相続登記で相続人をA名義で登記している場合、A名義として相続登記したことが誤りで、実は、B名義が正しい相続取得者であるときは、錯誤による所有権更正登記ができず、A名義で登記した所有権を錯誤で抹消登記して、改めてB名義とする相続登記をし直す必要があります。
また、最初の名義人Aについて、住所が変更している場合、Aの住所変更登記を省略して錯誤による所有権抹消登記ができず、①Aの住所変更登記、②錯誤による所有権抹消登記、③B名義とする相続登記をすることになります。
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