相続開始から10年を過ぎた遺産分割の特別受益(生前贈与など)と寄与分(療養看護など)の取り扱い(令和5年4月1日から)

相続開始から10年を過ぎた遺産分割の特別受益(生前贈与など)と寄与分(療養看護など)の取り扱い(令和5年4月1日から)

執筆者:司法書士 芦川京之助(横浜リーガルハート司法書士事務所)

基本的には、令和5年4月1日から、相続開始から10年を過ぎて遺産分割を行う場合、特別受益(生前贈与など)と寄与分(療養看護など)は、相続分の算定では、これらは考慮されない取り扱いとなりました。

だからといって、絶対に法定相続分で遺産分割をしなければいけないということにはなりません。
これは、これまでも行われていますように、相続人全員の合意で、誰が何を相続するかを自由に決めることができるからです。必ずしも、法定相続分で遺産を分けなければならないということではありません。

相続開始後10年を経過すると、特別受益(生前贈与など)と寄与分(療養看護など)を、相続分の算定では、これらを考慮しないという意味は、次のとおりです。

相続開始から10年を過ぎて(または、経過措置で認められる「猶予期間」を過ぎて)、遺産分割をする場合、相続人のうち一人でも反対すれば、特別受益(生前贈与など)や寄与分(療養看護など)があったとしても、相続分の算定では、これらを考慮しない、ということになります。

「相続分の算定」とは、遺産全体に対して、2分の1・4分の1・4分の1というように「相続分(相続する割合)」を決めた後、実際に、遺産をどのように分割するかを決める際、相続分に相当する金額を割り出し、この金額に基づいて、実際の遺産分割に反映(誰が何を相続するのか)させることになります。

【事例】
被相続人:父
相続人:母、長男、二男
遺産
① 不動産:土地・建物(母が居住)価格:2,000万円
② 預貯金:2,000万円
特別受益(生前贈与):二男 500万円(生前贈与の価額)
寄与分(療養看護):長男 500万円(療養看護の価額)
遺産:相続人の法定相続分と特別受益・寄与分
遺産:相続人の法定相続分と特別受益・寄与分

特別受益とは

民法(特別受益者の相続分)
第九百三条 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
2 遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。
3 被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う。
4 婚姻期間が二十年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第一項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。

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特別受益については、特別受益者の相続分を参考にしてください。

寄与分とは

民法(寄与分)
第九百四条の二 共同相続人中に、被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法により被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から共同相続人の協議で定めたその者の寄与分を控除したものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分に寄与分を加えた額をもってその者の相続分とする。
2 前項の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所は、同項に規定する寄与をした者の請求により、寄与の時期、方法及び程度、相続財産の額その他一切の事情を考慮して、寄与分を定める。
3 寄与分は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から遺贈の価額を控除した残額を超えることができない。
4 第二項の請求は、第九百七条第二項の規定による請求があった場合又は第九百十条に規定する場合にすることができる。

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寄与分については、相続における寄与分・特別寄与料を参考にしてください。

特別受益(生前贈与)と寄与分(療養看護)を考慮した具体的な相続分の算定

【事例】について、特別受益(生前贈与など)と寄与分(療養看護など)を、相続分の算定で、これらを考慮した場合について説明します。

4,000万円(相続開始時の相続財産)+500万円(二男の生前贈与の価額)-500万円(長男の寄与分の価額)=4,000万円(相続財産の総額)
母 の相続分の価額:4,000万円(相続財産の総額)×1/2=2,000万円
長男の相続分の価額:4,000万円(相続財産の総額)×1/4+500万円(長男の寄与分の価額)=1,500万円
二男の相続分の価額:4,000万円(相続財産の総額)×1/4-500万円(二男の生前贈与の価額)=500万円

【事例】では、次のような遺産分割が可能となります。各相続人が相続取得する遺産(例)

母 :土地・建物(不動産価額 2,000万円)
長男:預貯金2,000万円のうち、1,500万円
二男:預貯金2,000万円のうち、500万円

特別受益(生前贈与)と寄与分(療養看護)を考慮しない法定相続分の算定

【事例】について、相続開始後10年を経過すると、特別受益(生前贈与など)と寄与分(療養看護など)を、相続分の算定では、これらを考慮しないという意味について説明します。

4,000万円(相続開始時の相続財産)
母 の相続分の価額:4,000万円×1/2=2,000万円
長男の相続分の価額:4,000万円×1/4=1,000万円
二男の相続分の価額:4,000万円×1/4=1,000万円

【事例】では、次のような遺産分割が可能となります。各相続人が相続取得する遺産(例)

母 :土地・建物(不動産価額 2,000万円)
長男:預貯金2,000万円のうち、1,000万円
二男:預貯金2,000万円のうち、1,000万円

令和5年4月1日以降に開始した相続の遺産分割

令和5年4月1日以降に開始した相続では、原則、相続開始から10年を過ぎた遺産分割の特別受益(生前贈与など)と寄与分(療養看護など)は、考慮されません。
この場合、法定相続分(または「遺言によって定められた相続分」(指定相続分、民法902条)で行います。(民法904条の3)

民法(遺言による相続分の指定
第九百二条 被相続人は、前二条の規定にかかわらず、遺言で、共同相続人の相続分を定め、又はこれを定めることを第三者に委託することができる。

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例外
10年経過前に、家庭裁判所に遺産分割請求(調停・審判の申立て)をしたとき
10年の期間満了前6か月以内に、遺産分割請求(調停・審判の申立て)ができない「やむを得ない事由」が相続人にあった場合で、「やむを得ない事由」の消滅から6か月経過前に、相続人が家庭裁判所に遺産分割請求(調停・審判の申立て)をしたとき(民法904条の3但書)

民法(期間経過後の遺産の分割における相続分
第九百四条の三 前三条の規定は、相続開始の時から十年を経過した後にする遺産の分割については、適用しない。ただし、次の各号のいずれかに該当するときは、この限りでない。
一 相続開始の時から十年を経過する前に、相続人が家庭裁判所に遺産の分割の請求をしたとき。
二 相続開始の時から始まる十年の期間の満了前六箇月以内の間に、遺産の分割を請求することができないやむを得ない事由が相続人にあった場合において、その事由が消滅した時から六箇月を経過する前に、当該相続人が家庭裁判所に遺産の分割の請求をしたとき。

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相続開始から10年以内の遺産分割は、法定相続分を基準として、特別受益(生前贈与など)と寄与分(療養看護など)を考慮して、具体的な相続分を算定します。

相続開始から10年を過ぎた場合、具体的な相続分を算定する「特別受益(生前贈与など)と寄与分(療養看護など)」を証明することが困難となり、その結果、遺産分割がまとまらず、相続登記が放置されることになる傾向がありました。

これは、特に、家庭裁判所の調停で問題となっていましたので、相続開始から10年を過ぎた場合、家庭裁判所は、遺産分割の特別受益(生前贈与など)と寄与分(療養看護など)を考慮しない扱いとなりました。

そもそも、家庭裁判所に遺産分割調停を申立てるということは、どういうことでしょうか。
家庭裁判所に遺産分割調停を申立てるのは、相続人間での遺産分割協議がまとまらないので、家庭裁判所で話し合いましょう(調停)ということです。
このため、相続開始から10年を過ぎている場合は、家庭裁判所は、特別受益(生前贈与など)と寄与分(療養看護など)を考慮しないということになります。
この場合、家庭裁判所は、法定相続分で算定することなります。または、遺言書があれば、遺言によって定められた相続分(指定相続分)で算定することになります。

相続開始から10年以内(または、経過措置で認められる「猶予期間」)に、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てることが必要です。この期間を過ぎて遺産分割調停を申し立てても、家庭裁判所は、「特別受益(生前贈与など)と寄与分(療養看護など)」を考慮しません。

相続人全員が「特別受益(生前贈与など)と寄与分(療養看護など)」を認めた場合

相続人の間での遺産分割協議では、相続開始から10年(または、経過措置で認められる「猶予期間」)を過ぎた場合であっても、特別受益(生前贈与など)と寄与分(療養看護など)を相続人全員が認めれば、例え、10年過ぎた場合であっても、特別受益(生前贈与など)と寄与分(療養看護など)を考慮して、具体的な相続分を算定することができます。
ただし、相続人全員の合意がない(一人でも反対した)場合には、特別受益(生前贈与など)と寄与分(療養看護など)を考慮することができません。遺産分割協議は、相続人全員の合意で成立するからです。

この場合、相続人の一人が、どうしても、特別受益(生前贈与など)と寄与分(療養看護など)を算定した相続分で遺産分割をしたいと、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てたとしても、家庭裁判所は、これらを考慮しませんので、結局、遺産分割調停を申し立てること自体が無意味となります。時間の無駄となってしまいます。

令和5年4月1日以前に開始した相続の遺産分割(経過措置で認められる「猶予期間」)

民法 附則(令和三年四月二八日法律第二四号)(遺産の分割に関する経過措置)
第三条 新民法第九百四条の三及び第九百八条第二項から第五項までの規定は、施行日前に相続が開始した遺産の分割についても、適用する。この場合において、新民法第九百四条の三第一号中「相続開始の時から十年を経過する前」とあるのは「相続開始の時から十年を経過する時又は民法等の一部を改正する法律(令和三年法律第二十四号)の施行の時から五年を経過する時のいずれか遅い時まで」と、同条第二号中「十年の期間」とあるのは「十年の期間(相続開始の時から始まる十年の期間の満了後に民法等の一部を改正する法律の施行の時から始まる五年の期間が満了する場合にあっては、同法の施行の時から始まる五年の期間)」と、新民法第九百八条第二項ただし書、第三項ただし書、第四項ただし書及び第五項ただし書中「相続開始の時から十年」とあるのは「相続開始の時から十年を経過する時又は民法等の一部を改正する法律の施行の時から五年を経過する時のいずれか遅い時」とする。

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令和5年4月1日時点で、相続開始から5年以内の場合:実際の相続開始から10年以内:経過措置で認められる「猶予期間」なし

令和5年4月1日時点で、相続開始から5年以内の場合、実際の相続開始から10年まで、「特別受益(生前贈与など)と寄与分(療養看護など)」を考慮することができます。
令和5年4月1日から10年ということにはなりません。
実際の相続開始から10年を過ぎると、「特別受益(生前贈与など)と寄与分(療養看護など)」を考慮することができません。

10年を過ぎた遺産分割の特別受益と寄与分(経過措置1)
10年を過ぎた遺産分割の特別受益と寄与分(経過措置1)
令和5年4月1日時点で、相続開始から5年を過ぎているが10年未満の場合:経過措置で認められる5年間の猶予期間あり

令和5年4月1日時点で、すでに相続開始から5年を過ぎているが10年未満の場合、令和10年3月31日まで(令和5年4月1日から5年以内に限定)、「特別受益(生前贈与など)と寄与分(療養看護など)」を考慮することができます。(附則3)
令和5年4月1日時点で、10年未満の場合、令和5年4月1日から5年間(令和10年3月31日まで)は、「特別受益(生前贈与など)と寄与分(療養看護など)」を考慮することができることになります。
令和10年4月1日以降(令和5年4月1日から5年経過後)は、「特別受益(生前贈与など)と寄与分(療養看護など)」を考慮することができません。

10年を過ぎた遺産分割の特別受益と寄与分(経過措置2)
10年を過ぎた遺産分割の特別受益と寄与分(経過措置2)
令和5年4月1日時点で、相続開始から10年を過ぎている場合:経過措置で認められる5年間の猶予期間あり

令和5年4月1日時点で、すでに相続開始から10年を過ぎているの場合、令和10年3月31日まで(令和5年4月1日から5年以内に限定)、「特別受益(生前贈与など)と寄与分(療養看護など)」を考慮することができます。
令和10年4月1日以降(令和5年4月1日から5年経過後)は、「特別受益(生前贈与など)と寄与分(療養看護など)」を考慮することができません。

10年を過ぎた遺産分割の特別受益と寄与分(経過措置3)
10年を過ぎた遺産分割の特別受益と寄与分(経過措置3)

遺産分割事件(調停審判)の取下げ制限

家事事件手続法(申立ての取下げの制限)
第百九十九条 第百五十三条の規定は、遺産の分割の審判の申立ての取下げについて準用する。
2 第八十二条第二項の規定にかかわらず、遺産の分割の審判の申立ての取下げは、相続開始の時から十年を経過した後にあっては、相手方の同意を得なければ、その効力を生じない。

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家庭裁判所に対する遺産分割調停・遺産分割審判の取下げは、相続開始から10年を過ぎた場合、相手方の同意がなければ取下げることができません。相手方の同意があれば、取り下げることができます。

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相続登記相談風景(イメージ)
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