相続登記で申請人とならなかったときの登記識別情報通知(権利証)は
相続が開始し、相続人のうちの一人(全員ではない)から、あるいは、官公署または第三者の代位(債権者代位権)によって、法定相続(法定相続分)で登記がされる場合があります。
相続登記など名義変更登記では、新たに権利(所有権など)を取得して登記をした人に対して登記識別情報通知が発行されます。
これは、いわゆる「権利証」と呼ばれるもので、その権利を取得した後、例えば、売買などで第三者に権利を移転する場合に必要となるものです。
ここでは、相続人のうちの一人(全員ではない)から、あるいは、官公署または第三者の代位(債権者代位権)によって名義変更登記がなされた場合、登記の完了後に発行される「登記識別情報通知(権利証)」が誰に対して発行されるのかという問題です。
法定相続人の一人(全員ではない)からする法定相続分での登記
法定相続登記は、法定相続人のうちの一人(全員ではない)から申請することができます。(民法の保存行為として)
これは、民法252条但書の規定で、共有物の管理に関する事項のうち保存行為は、それぞれの共有者が単独ですることができる、という規定があるからです。
法定相続分での登記は「保存行為」とみなされています。
民法(共有物の管理)
民法 | e-Gov法令検索
第二百五十二条 共有物の管理に関する事項は、前条の場合を除き、各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決する。ただし、保存行為は、各共有者がすることができる。
法定相続人全員で登記を申請する場合
通常、法定相続の場合であっても法定相続人全員が申請人となります。
この場合、相続人全員で自分で登記申請するときには、登記申請書に相続人全員の押印が必要です。また、登記の申請を司法書士に依頼する場合、司法書士に対する委任状には、相続人全員の押印が必要です。
これによって相続人全員に対して個別に「登記識別情報通知(権利証)」が発行されます。
現在、いわゆる「権利証」として登記所は登記識別情報通知を発行していますが、これは名義人となった人別に(不動産ごとに)発行しています。
登記識別情報通知の以前に発行されていた「登記済権利証(とうきずみけんりしょう)」は、申請された「名義人・不動産」ごとに発行されていました。
例えば、登記申請書1件に、相続人3名が記載され、不動産が3物件記載されている場合、「権利証」としては1通です。相続人ごと、不動産ごとに発行されていませんでした。
登記識別情報通知の場合、 登記申請書1件に、相続人3名が記載され、不動産が3物件記載されている場合は、相続人ごと、不動産ごとに登記識別情報通知が1通ずつ発行されます。 すなわち、3(名)×3(物件)=9(通)。登記識別情報通知が合計9通発行されることになります。
法定相続人のうちの1人(全員ではない)から登記を申請する場合
法定相続人の間で争いがあるなど、なんらかの事情がある場合、法定相続人のうちの一人(全員ではない)が、とりあえず相続登記(法定相続分で登記)をしておこう、というときにすることができます。
この場合、相続人のうちの一人(全員ではない)から自分で登記申請するときには、登記申請書には、申請人となる相続人が押印します。また、登記の申請を司法書士に依頼する場合、司法書士に対する委任状には、申請人となる相続人が押印します。
これによって申請人となった相続人に対してだけに「登記識別情報通知(権利証)」が発行されます。 申請人とならなかった相続人には登記識別情報通知が発行されません。
相続人のうちの一人(全員ではない)から登記申請をする場合であっても、相続人全員で登記する場合と同様に、申請人となる相続人の「住所・持分・氏名」だけではなく、法定相続人全員の「住所・持分・氏名」を登記しなければなりません。
登録免許税についても、相続人全員で登記する場合と同様に、申請人となる相続人の持分に対する登録免許税だけではなく、法定相続人全員分の登録免許税を納めなければなりません。
登記申請書の「相続人」として次のように記載します。(例)
「相続人」(被相続人 A)
住所
持分2分の1 (申請人)B
住所
持分2分の1 C
このように、相続人のうちの一人(全員ではない)から登記申請をする場合、被相続人・相続人の除籍謄本・戸籍謄本・住民票など相続登記に必要な書類を、申請人となる相続人だけではなく、法定相続人の全員分を用意しなければなりません。
債権者代位権によって法定相続分で登記されたとき
官公署(国・都道府県・市区町村)または第三者(債権者)の代位(債権者代位権による登記)によって、法定相続(法定相続分)で登記がされる場合があります。
例えば、相続税の納付が遅れた場合の税務署(財務省)による差押があるとき、税務署が滞納処分による差押をしようとするときは、相続登記がされていなければ、税務署が相続人に代わって(代位して)法定相続分による相続登記をしてしまいます。
この場合、権利証(登記識別情報通知)が一切発行されませんので、相続人全員が登記識別情報通知(権利証)を持たないことになります。
登記識別情報通知(権利証)の発行を受けていない場合
このように、登記識別情報通知(権利証)の発行を受けていなかった相続人である登記名義人は、その後の手続でどうすればよいでしょうか。
登記識別情報通知(権利証)の発行を受けていなかった相続人である登記名義人は、登記所に対して、登記識別情報通知を発行してください、と申し出ることが一切できません。
例えば、法定相続分で登記された後に、相続人の間で遺産分割が成立して、これに基づいて登記しようとするときは、登記識別情報通知(権利証)を持っていない登記名義人は、登記識別情報通知に代わる手続を別途、申請の際に行うことになります。
また、法定相続分で登記された後に、相続人の間で遺産分割が成立して、これに基づいて登記が完了した場合、名義人となった人には登記識別情報通知が発行されます。これは、遺産分割によって取得した持分に対してのみの登記識別情報通知です。
その前に法定相続分で登記されたものについては、登記識別情報通知が発行されませんので、結果として不動産全体の権利証がない状態が半永久的に(権利を失うまで)続くことになります。
こういう状態で、その後に、売却・贈与などの名義変更登記や銀行の担保権設定登記をするときは、別の手続きである登記所からの事前通知、公証人役場での本人確認あるいは司法書士による本人確認情報の作成、いずれかの方法により補完することになります。
このように、登記識別情報通知の発行を受けていなかった登記名義人は、何か登記をする際、登記識別情報通知が必要となるときにのみ登記識別情報通知に代わる手続をすることになります。