過去に作成された古い遺産分割協議書で相続登記ができるのか(相続登記相談)
【相続登記相談】 10年前、父が亡くなったときに遺産分割協議書を作成しました。 母に不動産と預貯金を集中させるという内容で、兄姉妹3人が署名捺印(認印)したものです。その後、名義変更をしないままとなっております。 その遺産分割協議書が有効で、父から母名義に変更することができますか。
遺産分割協議書で相続登記ができる条件
遺産分割協議書で相続登記ができる条件は、次のとおりです。
(相続登記に必要な戸籍・除籍謄本などは除きます。)
- 相続人全員で遺産分割協議をし、遺産分割協議書を作成する。
- 遺産分割協議書には、実印(市区町村役場に登録されている印鑑)で押印する。
- 遺産分割協議書に押印されている実印の印鑑証明書(相続人全員)がある。
以上の条件が揃っていれば、相続登記ができます。
ですので、過去に作成された古い遺産分割協議書であっても、相続登記ができます。
このため、遺産分割協議書が作成された当時の印鑑証明書を使用することができます。
相続登記では、印鑑証明書の有効期限がありません。
また、遺産分割協議書に押印した相続人がすでに死亡している場合であっても、遺産分割協議書は有効です。死亡している相続人の印鑑証明書も有効です。
過去に作成された遺産分割協議書で被相続人(登記名義人)父・母の相続登記の方法(事例)を参考にしてください。
まず、これらの条件について解説します。
その後に、これらの条件を満たしていない場合について解説します。
条件(1)相続人全員で遺産分割協議をし、遺産分割協議書を作成する。
「相続人全員で遺産分割協議をし」とは、相続放棄などした相続人を除いた法定相続人全員(これを共同相続人といいます。このページでは、以降、相続人全員という言い方をします。)で遺産分割協議をすることをいいます。
相続人全員で遺産分割協議をすることによって、遺産分割協議が成立します。相続人のうちの一人が協議に参加しない場合、遺産分割協議が成立しません。
遺産分割協議が成立したときは、成立したことを証明するため、遺産分割協議書を作成します。
この遺産分割協議書には、協議に参加し同意した相続人全員が署名捺印をします。

遺産分割協議書の署名は、できるだけ「署名」がよいでしょう。「記名」でも相続登記ができますが、相続人が「署名」した方が信憑性が高まるからです。
条件(2)遺産分割協議書には、実印(市区町村役場に登録されている印鑑)で押印する。
遺産分割協議書には、相続人全員が署名するとともに、「捺印」をします。
この捺印は、「実印(市区町村役場に登録されている印鑑)」で押印します。
捺印は、「実印以外の認印(シャチハタではない)」であっても有効ですが、相続登記(法務局)や預貯金(金融機関)などの相続手続では、「実印」で押印します。
これは、法務局や金融機関に遺産分割協議書と一緒に、印鑑証明書も提出しなければならないからです。
条件(3)遺産分割協議書に押印されている実印の印鑑証明書(相続人全員)がある。
遺産分割協議書には相続人全員が実印で押印し、かつ、相続人全員の印鑑証明書が必要です。
印鑑証明書が必要な理由は、遺産分割協議書が間違いなく相続人全員の合意で作成されたことを証明するためです。
不動産の相続登記では、相続人全員の印鑑証明書を法務局(登記所)に提出しますが、相続人のうち、ある不動産を取得することになった相続人の印鑑証明書を法務局に提出しなくても相続登記ができます。これは、例えば、次のような遺産分割協議書の場合です。
遺産分割協議書(一部省略) 相続人「A」は、次の不動産を相続取得する。 不動産の表示(省略) 〇年〇月〇日 相続人の表示 A(住所)(氏名) (実印以外の認印(シャチハタではない。)) B(住所)(氏名) (実印) C(住所)(氏名) (実印)
このような遺産分割協議書で相続登記をするとき、相続登記の申請人となるのは「A」です。
「A」が不動産を取得することについて、他の相続人全員が同意していればよい、という理由からです。

極稀に(実際にあった事例)、「A」が実印で押印したつもりが、印鑑証明書のそれと異なっていた場合です。この場合、遺産分割協議書に「印鑑証明書と同じ実印」を押印し直すことなく、このままの押印で相続登記ができます。
次に、これら3つの条件を満たしていない場合について解説します。
過去に作成された古い遺産分割協議書で相続登記ができない場合
(1)相続人全員で遺産分割協議をしないで、遺産分割協議書を作成した。
遺産分割協議は、相続人全員で協議しなければ成立しませんので、相続人の一部の人だけで作成された遺産分割協議書は無効となります。
(2)遺産分割協議書には、実印(市区町村役場に登録されている印鑑)で押印されていない。
遺産分割協議書は「実印」で押印されていなくても有効ですが、この遺産分割協議書で相続登記をするには、印鑑証明書を法務局に提出することになっていますので、「実印」で押印されていない場合は、相続登記ができません。
前述のように、ある不動産を取得する相続人は、必ずしも実印である必要はありません。
ただし、前述のような場合ではなく、次のような遺産分割協議書の内容の場合は、相続人全員の実印での押印と印鑑証明書が必要となります。
遺産分割協議書(一部省略) 相続人「A」は、次の不動産を相続取得する。 不動産の表示(省略) 相続人「B」は、次の不動産を相続取得する。 不動産の表示(省略) 相続人「C」は、次の不動産を相続取得する。 不動産の表示(省略) 〇年〇月〇日 相続人の表示 A(住所)(氏名) (実印) B(住所)(氏名) (実印) C(住所)(氏名) (実印)
このように、相続人のそれぞれが、別々の不動産を取得する場合は、相続人全員の実印での押印と印鑑証明書が必要となります。
(3)遺産分割協議書に押印されている実印の印鑑証明書(相続人全員または一部)がない。
前述のとおり、遺産分割協議書で相続登記をするには、印鑑証明書を法務局に提出することになっていますので、相続人全員または一部に印鑑証明書がない場合は、相続登記ができません。
過去に作成された古い遺産分割協議書で相続登記ができない場合の対処方法
(1)相続人全員で遺産分割協議をしないで、遺産分割協議書を作成した。
相続人全員で遺産分割協議をしないで、遺産分割協議書を作成した場合、遺産分割協議書が無効となりますので、改めて、相続人全員で遺産分割協議をして、遺産分割協議を作成し直します。
(2)遺産分割協議書には、実印(市区町村役場に登録されている印鑑)で押印されていない。
過去に作成された古い遺産分割協議書には、実印以外の印鑑(認印)で押印されていた場合、すでに作成した遺産分割協議書に「実印」で押印します。
相続人の一部の人が、実印で押印することを拒否している場合
過去に作成された古い遺産分割協議書には、実印以外の印鑑(認印)で押印されていた場合、「特定の不動産を単独で相続することとなった相続人」が「実印で押印することを拒否している相続人」に対する「所有権確認訴訟」をします。
相続登記の申請では、「特定の不動産を単独で相続することとなった相続人」が、この「所有権確認訴訟の勝訴確定判決」と遺産分割協議書(他の相続人の印鑑証明書を添付)をもって、単独で相続登記をします。(藤原勇喜氏著「新訂相続・遺贈の登記」(テイハン)P940から引用)
相続人の一部の人が、すでに死亡して実印で押印できない場合、印鑑証明書も用意できない場合
過去に作成された古い遺産分割協議書には、実印以外の印鑑(認印)で押印されていた場合、「すでに死亡している相続人」の相続人全員が「遺産分割協議書の内容に相違ない旨の書面」を作成し、この相続人全員で署名・実印で押印します。この相続人全員の印鑑証明書を用意します。
相続人の一部の人が、すでに死亡して実印で押印できない場合で、「すでに死亡している相続人」の相続人の一部に、未成年者がいる場合は、親権者(相続人とならない場合)が未成年者に代わって、「遺産分割協議書の内容に相違ない旨の書面」を作成し、この親権者が署名・実印で押印します。この親権者の印鑑証明書を用意します。
「すでに死亡している相続人」の相続人が親権者と未成年者の場合も、親権者が未成年者に代わって、「遺産分割協議書の内容に相違ない旨の書面」を作成し、この親権者が署名・実印で押印します。この親権者の印鑑証明書を用意します。
「遺産分割協議書の内容に相違ない旨の書面」は、「事実を証明する書面」であるので、親権者と未成年者の利益相反行為に当たらないからです。ですので、未成年者について特別代理人を選任する必要もありません。(藤原勇喜氏著「新訂相続・遺贈の登記」(テイハン)P950から引用。実際に、これで登記完了)
(3)遺産分割協議書に押印されている実印の印鑑証明書(相続人全員または一部)がない。
この場合は、印鑑証明書がない「相続人全員または一部」に印鑑証明書を用意してもらいます。
相続人の一部の人が、印鑑証明書の提供を拒否している場合
過去に作成された古い遺産分割協議書には、実印で押印されていたが、印鑑証明書の提供を拒否している相続人がいる場合、「特定の不動産を単独で相続することとなった相続人」が「印鑑証明書の提供を拒否している相続人」に対する「遺産分割協議真否確認訴訟」をします。
「遺産分割協議真否確認訴訟の勝訴確定判決」が「印鑑証明書の提供を拒否している相続人」の印鑑証明書に代えることができます。
相続登記の申請では、「特定の不動産を単独で相続することとなった相続人」が、この「遺産分割協議真否確認訴訟の勝訴確定判決」と遺産分割協議書(他の相続人の印鑑証明書を添付)をもって、単独で相続登記をします。(先例:藤原勇喜氏著「新訂相続・遺贈の登記」(テイハン)P940から引用)
参考:遺産分割協議書があるにもかかわらず、申請人の相続人が登記申請に協力しない場合
遺産分割協議書(実印で押印されている)と相続人全員の印鑑証明書がある(遺産分割協議が成立している)にもかかわらず、不動産を取得することになった相続人が登記申請に協力しないときは、他の相続人(申請人)が民法(第252条但書)の保存行為として、他の相続人(申請人)だけで登記申請ができます。(藤原勇喜氏著「新訂相続・遺贈の登記」(テイハン)P951から引用)
民法(共有物の管理)
民法 | e-Gov法令検索
第二百五十二条 共有物の管理に関する事項は、前条の場合を除き、各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決する。ただし、保存行為は、各共有者がすることができる。
例えば、次のような遺産分割協議書(印鑑証明書付き)がある場合です。
遺産分割協議書(一部省略) 相続人「A・B」は、次の不動産を持分各2分の1の割合で相続取得する。 不動産の表示(省略) 〇年〇月〇日 相続人の表示 A(住所)(氏名) (実印) B(住所)(氏名) (実印) C(住所)(氏名) (実印)
この遺産分割協議書で登記申請するときの、「申請人」は、AとBです。
Bが登記申請に協力しないときは、Aが単独で登記申請することができます。
「Bが登記申請に協力しないとき」とは、登記申請書には、申請人であるAとBが押印することになっています。このBの押印がないときが、「Bが登記申請に協力しないとき」です。
あるいは、この相続登記の申請を司法書士に依頼する場合、「委任状」にAとBの押印が必要です。このBの押印がないときが、「Bが登記申請に協力しないとき」です。
「Bが登記申請に協力しないとき」の登記申請書の記載方法は、次のとおりです。登記申請書に押印する印鑑は、シャチハタ以外の印鑑であれば問題ありません。認印でも問題ありません。
登記申請書(一部省略)
登記の目的 所有権移転
原 因 令和〇年〇月〇日相続
相 続 人(被相続人 父)
(住所)横浜市○○
持分2分の1 A(氏名)○○ (認印)
(住所)横浜市○○
持分2分の1 B(氏名)○○ (認印なし)
(以下省略)
登記完了後、申請人とならなかったBには、登記識別情報通知が発行されません。Aだけに登記識別情報通知が発行されます。
相続登記相談事例の回答
【相続登記相談】 10年前、父が亡くなったときに遺産分割協議書を作成しました。 母に不動産と預貯金を集中させるという内容で、兄姉妹3人が署名捺印(認印)したものです。その後、名義変更をしないままとなっております。 その遺産分割協議書が有効で、父から母名義に変更することができますか。
相談内容では、「母に不動産と預貯金を集中させるという内容で、兄姉妹3人が署名捺印(認印)したものです。」ということから、遺産分割協議書が兄姉妹3人で署名捺印で作成されたものであり、母の署名捺印がないため、遺産分割協議が相続人全員で行われたものとは言えず、この遺産分割協議書は無効ということになります。
さらに、押印が「実印以外の認印」でされていることから、改めて遺産分割協議書を作成し直した方がよいでしょう。
このままでは、作成された遺産分割協議書で、父から母への相続登記(名義変更)ができません。
まとめ:過去に作成された古い遺産分割協議書
以上のことから、過去に作成された古い遺産分割協議書で相続登記をしようとするとき、それが問題なくできればよいですが、以上のような問題点がありますので、遺産分割協議書を作成した場合は、司法書士など専門家に確認してもらうか、作成後、早めに相続登記を申請した方がよいでしょう。
作成後、相続登記をしない場合は、いざ、登記をしよとするときに、できない事態となることもありますので、遺産分割協議書を作成する場合も、司法書士など専門家に確認してもらうのがよいでしょう。
なお、過去に作成した遺産分割協議書で相続登記、相続人の住所と押印した実印が異なる時の方法を参考にしてください。
相続登記については、当司法書士事務所にご相談ください。
相続登記について、当司法書士事務所にお気軽にお問い合わせください。
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