使用貸借の土地に存在する建物を相続した場合の方法(相続登記相談)
【相続登記相談事例】
- 被相続人:父(令和4年9月10日死亡)
- 相続人:母と娘
- 遺産:建物(土地所有者は、父の(亡)兄の子(甥))
- 母と娘は、現在、この建物に居住していない。
【相続登記相談内容】
- 相続人を娘だけとした場合、遺産分割協議書にその内容を明記するだけで、母の相続放棄の手続は必要ないでしょうか?
- 相続不動産は建物だけで、土地は本家(父の兄で、すでに他界し相続人はその子)のものですが、その土地が使用貸借なのか地上権があるのかがわかりません。
- 建物は相続しても資産価値はほとんどないと思われますので、相続を放棄することは可能でしょうか?
【回答】
順番に解説します。
母の相続放棄の手続と遺産分割協議書のどちらを選択したらよいのか
【相談内容】 相続人を娘だけとした場合、遺産分割協議書にその内容を明記するだけで、母の相続放棄の手続は必要ないでしょうか?
母は、建物を相続するつもりがないので、相続放棄の手続を考えているようです。
この場合、母が家庭裁判所の相続放棄の手続をすることにより、被相続人父の遺産(建物を含めて)すべて相続放棄をすることになります。
ただし、父に「債務」がないのであれば、家庭裁判所の相続放棄をすることなく、遺産分割協議書で娘が遺産(建物)を取得する、と記載すれば、母は何も相続しないことになります。
家庭裁判所の相続放棄では、「債務を含めてすべての遺産」を相続放棄することを意味します。
遺産分割協議書で、母が相続しないとしても、父に債務があれば、母は、この債務を免れることができません。債務を免れるためには、債権者の同意が必要となります。
父に債務がないのであれば、手間暇のかかる家庭裁判所の相続放棄の手続よりも、遺産分割協議書で娘が遺産(建物)を相続するとすれば、この方が簡単な手続きで済みます。
相続した土地の使用権が、使用貸借なのか借地権なのか
【相談内容】 相続不動産は建物だけで、土地は本家(父の兄で、すでに他界し相続人はその子)のものですが、その土地が使用貸借なのか地上権があるのかがわかりません。
相談事例のように、本家の所有土地に建物を所有(被相続人父が建築し所有)している場合、その土地の使用権は、通常、使用貸借です。使用貸借は、ただ単に無償(タダ)で、土地を貸している・借りている状態のことをいいます。
土地について、使用料(借地料)を支払っていなかった、ということであれば、「使用貸借」であると考えられます。
反対に、使用料(借地料)を支払っていた、ということであれば、「借地権(賃借権または地上権)」であると言えます。
「借地権」であれば、財産価値がありますので、建物の価値がほとんどないとしても、土地については「借地権」としての価値があることになります。
この場合は、建物の相続登記をして、借地権の相続人として登記をする必要があります。
使用貸借の使用権の相続は
使用料(借地料)の支払いのない「使用貸借」であれば、建物の価値がほとんどないとして、相続登記をするのか、相続放棄をするのか、の問題だと思われます。
民法(期間満了等による使用貸借の終了)
民法 | e-Gov法令検索
第五百九十七条 当事者が使用貸借の期間を定めたときは、使用貸借は、その期間が満了することによって終了する。
2 当事者が使用貸借の期間を定めなかった場合において、使用及び収益の目的を定めたときは、使用貸借は、借主がその目的に従い使用及び収益を終えることによって終了する。
3 使用貸借は、借主の死亡によって終了する。
(借主による収去等)
第五百九十九条 借主は、借用物を受け取った後にこれに附属させた物がある場合において、使用貸借が終了したときは、その附属させた物を収去する義務を負う。
民法の規定によりますと、借主である被相続人父の死亡により使用貸借は終了することになります。また、使用貸借の終了により建物を取り壊して、土地を所有者に返還しなければならないことになります。しかし、民法の使用貸借に関する規定は、基本的には、動産の使用貸借の場合に適用されます。
使用貸借の目的が不動産の場合、特に、土地の場合、建物所有を目的とする土地の長期的・継続的な使用貸借の場合は、相続の対象となると解釈されています。(判例)
この結果、相談者の場合、土地の使用権(タダで使用する権利)も相続することになります。
とは言っても、土地所有者が民法の規定に従って、土地を明け渡すように請求してくる可能性もあります。ですが、相談者は、すぐに建物を取り壊して返還しなくても大丈夫です。
ただし、相談者は、建物も古く、価値がないので、建物を取り壊して土地を返したいと考えています。
家庭裁判所の相続放棄の手続ができるのか
【相談内容】 建物は相続しても資産価値はほとんどないと思われますので、相続を放棄することは可能でしょうか?
家庭裁判所の相続放棄は、被相続人父の死亡された日から3か月以内です。父の死亡日が令和4年9月10日ということですので、すでに3か月(12月10日が期限)を経過しています(現在は、令和5年2月10日)ので、家庭裁判所の相続放棄はできないことになります。
仮に、家庭裁判所の相続放棄の手続ができたとしても、建物以外の遺産、例えば、預貯金なども放棄することになってしまいますので、相続放棄の手続は、現実的ではありません。事実上、放棄ができません。
建物を相続登記した方がよいのか
次に、被相続人父名義の建物を相続登記した方がよいかどうかを検討します。
母が、現在もその建物に居住しており、今後も、その建物に居住するるということであれば、相続登記をした方がよいでしょう。
これは、令和6年4月1日から相続登記の義務化が開始されますので、相続登記を3年以内(令和9年4月1日まで)にしない場合は、過料に処せられることになるからです。
母が、現在、その建物に居住していない場合、今後も、その建物に居住する予定がないということあれば、相続登記をしない方向で検討されてもよいでしょう。
この場合は、建物を取り壊して土地を本家に返還することになりますが、本家の方と相談して、(取り壊し費用を捻出できないので、などの理由)本家で建物の取り壊し費用を負担していただければ、土地を返還します、と申出されることも一つの方法であると思われます。
この取り壊しを令和9年4月1日までに行なえば、相続登記をしなくても過料に処せられないことになります。
建物を取り壊した場合、建物滅失登記を令和9年4月1日までに行う必要があります。
この建物滅失登記にかかる費用(約5万円)も本家で負担していただくことも、併せて申出されるのがよいでしょう。
建物取り壊しによる「建物滅失登記」の方法
建物滅失登記では、名義は被相続人父のままで登記申請します。この場合、相続人の母と娘のうち、お一人を申請人とすることができます。
建物滅失登記は、相続登記をしないですることができます。相続人の母と娘の名義に変更しないで滅失登記をすることができます。
その代わりに、相続登記に必要な書類を本家の方に提供する必要があります。
必要書類は、次のとおりです。
① 被相続人父の除籍謄本(母が存命のため戸籍謄本)
② 被相続人父の戸籍の附票(または住民票の除票(本籍地の記載が必要です。)
③ 母(娘)の戸籍謄本と住民票(母(娘)が申請人となる場合)
その他、建物滅失登記では、次の書類も必要となります。
④ 取り壊し業者の「建物取り壊し証明書」
⑤ 取り壊し業者の印鑑証明書1通
建物の相続・相続登記については、次を参考にしてください。
未登記(登記されていない)建物の相続登記
「取り壊す予定の建物」と相続登記
借地権付未登記建物の相続
建物の相続登記
未登記建物と相続登記(基本説明:未登記建物とは)
借地と相続登記(相続相談)
相続不動産に「登記されていない建物(未登記建物)」があるとき(相続登記相談)
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